私がこれまで見たアニメ(漏れあり)

思い出す限り書きます。

幼児向け
アンパンマン、しまじろう、ノンタン、けろけろけろっぴい

子供向け
ポケモン、ドラえもん、サザエ、ちびまるこ、コナン、しんちゃん、トムジェリ、ドラゴンボール、NARUTO、金田一、ノエイン、電脳コイル、キャプテン翼、遊戯王、アイシールド、メジャー、ワンピース、カードキャプターさくら、銀魂、鬼太郎、ラッキーマン、もやしもん、ぬーべー、ベイブレード、焼きたてジャパン、ヒカルの碁、妖怪ウォッチ、

ディズニー
ファンタジア、シンデレラ、白雪姫、リトルマーメイド、ライオンキング、トイストーリー、ラプンツェル、眠れる森の美女、美女と野獣、ピーターパン、プーさん、アナ雪、カーズ、ウォーリー、アラジン、モンスターズインク、

ジブリ
もののけ姫、コクリコ坂、耳を澄ませば、魔女の宅急便、トトロ、千と千尋、ぽんぽこ、ぽにょ、

一般アニメ
宇宙兄弟、シュタインズゲート、サイコパス、コードギアス、エヴァンゲリオン、とらドラ、物語シリーズ、とあるシリーズ、けいおん、ハルヒ、俺ガイル、サマーウォーズ、秒速5センチメートル、進撃の巨人、スクラン、雲の向こう、まどマギ、新世界より、fate、坂道のアポロン、あの花、凪のあすから、ばからもん、未来日記、新川アンダーザブリッジ、ニセコイ、ゼロの使い魔、シャナ、血液型くん、toloveる、ズヴィズダー、それでも街は回ってる、悪の華、イヴのじかん、エウレカ、エンジェルビーツ、俺妹、学園黙示録、神のみぞ知る世界、寄生獣、ギャグ漫画日和、ケロロ軍曹、こどものじかん、冴えない彼女の育て方、じょしらく、イカ娘、はがない、ダンガンロンパ、宙のまにまに、中二病でも恋がしたい、デュラララ、謎の彼女X、ゆるゆり、ノーゲームノーライフ、花咲くいろは、ひぐらしのなく頃に、未確認で進行形、輪るピングドラム、私がもてないのは、烈火の炎、らんま、

少女漫画原作
ちはやふる、君に届け、四月は君の嘘、となりの怪物くん、NANA、

しょーもないアニメ
えむえむ、ガールズブラボー、お兄ちゃんのことなんか全然好きじゃないんだからね、クイーンズブレイド、聖痕のクェイサー、B型H系、
途中まで見たアニメ
クラナド、殺人教室、ef、another、彼氏彼女の事情、山田君と七人の魔女、ユーフォ二アム、長門有希ちゃんの消失、みなみけ、

途中で断念したアニメ
夜のヤッターマン、プラスティックメモリーズ、アスタロッテのおもちゃ、show by rock、異能バトルは、狼さんと、カーニヴァル、彼女がフラグを折られたら、艦これ、グラスリップ、天体のメソッド、電波女と青春男、こころコネクト、サーバントサービス、プラネテス、ストパン、世紀末オカルト、たまこマーケット、ダンまち、No6、日常、バカテス、ハガレン、きんもざ、マギ、しろくまカフェ、

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暴力的愛情による人間関係の構築(俺ガイル8話 感想)

一つ前の記事で本能の抑制を私は肯定したが、秋の空以上に移ろいやすい私の心は本能の抑制とはまた真逆のものを肯定したがっている。

きっかけは、アニメ『やはり俺の青春ラブコメは間違っている。続』の8話を私が見たからである。

私がアニメ一つ見るだけで影響されるような薄っぺらい人間であると読者に思われると予想できるので、恥ずかしい気もする。しかし、どのようなものに影響される人間ならば高尚であると貴方は言うのか、否、貴方の思っているどんなものでも一緒の事だ、と読者に私は小さな反抗をする。ここで重要なのは、アニメではなく、影響されているという点である。影響されるということ自体、弱い立場であることを表している。しかし、人間は様々なものから影響を受けなければ、成長などありえない。また、そもそも、自ら進んで弱い立場に降りた私を侮辱する人がいるならば、物語上のハイエナのように狡猾な人間だと私は軽蔑する。

本題に入るが、このアニメの中で主人公たちが互いに分かり合おうとする場面があった。詳細は、実際にこのアニメを(出来れば2期の1話から)視聴して欲しい。その中で、彼らは同じクラスの別のグループとは異なり、それぞれの感情によって互いにすれ違い、苦しみ、そして着実に関係を深めていった。現実の社会でも、多くの人がその別のグループと同様に自分の感情を押し殺して生きている。多分、合理的でないからだろうと私は思う。感情は相手を一喜一憂させ思考を圧迫させる。それがスムーズな人間関係の構築を阻害する。少ない労力で高いパフォーマンスを得る為には感情は邪魔なのである。しかし、上辺だけの付き合いで構築した人間関係というのは張りぼてだ。ぱっと見は完成されているように見えるが、ほころびが幾つももある。きっと、その程度の関係であれば少し会わなくなるだけで一気に疎遠になるだろう。そして、その事について当事者は大事だとは思わない。張りぼてではなく、美しい城のような関係を構築するには、やはり、感情を押し殺していてはダメである。きっと、誰しも心の中ではそんな関係を望んでいる。しかし、社会に漂う合理化の雰囲気の中では、相手を傷つけたり、相手に傷つけられることは否定され、相手と本物の関係を築こうとしようとしている人間は狂人にみえる。自分の感情を正確に伝えるためには、相手の触れて欲しくない場所に手を伸ばさなければならない場合もあり、そこに規則違反的な暴力性を感じるからである。しかし、本物の関係を構築するには、その暴力性を自ら奮い立て、ナイフで互いをめった刺しにする様に、互いを理解していかなければならない。私は、このような過程で作り上げられていく、主人公たちの関係に憧れを抱いた。

 

本能

結構前の話になるが、4月上旬に会社の上司たちと花見をしながらバーベキューを行った。桜はもはや葉桜となっており、雨まで降り出す始末だったが、様々な話が上司から聞けて面白かった。ところで、私は一通りお肉を食べた後、上司の子供たちと遊んだ。子供たちに話しかけても初めのうちは大して彼らに関心を持たれなかったが、ボール遊びや追いかけっこをしているうちに、彼らは徐々に私に懐いてきた。私は子供ながらのあからさまな態度の変わり様から、ゲーム『パワプロくん』の『サクセス』を連想した。『パワプロくん』とは、野球のコンピューターゲームであり、『サクセス』とは、例えば、高校球児をプロ野球選手に育てたりするような、『パワプロくん』内の育成シミュレーションである。その中では、監督や友人、恋人のNPC(ノンプレイヤーキャラクター)からの評価ポイントがある。評価ポイントを上げる為には、評価を上げたい人物と積極的に関わることができる選択肢をプレイヤーが選んでいけばよい。私はこの評価ポイント制度を以て子供たちの態度の変わり様について心の中で説明をつけた。すなわち、子供に好かれる為には、結局、彼らと沢山関われば良いのだと、私は納得したのである。実に子供は単純であると私は思った。しかし、それは大人だって同じではないだろうかと私は思い直した。普通、人は初対面の人にはよそよそしく、長い間関わりを持った人とは打ち解けることができるだろう。私の経験だが、結構長い年月を生きてきたかなり偉い人でもそうであった。そういえば、私は初対面の人に馴れ馴れしい態度をとってしまうことがよくある。初対面の頃と、よく知った仲になった頃とでは、同じように馴れ馴れしい態度をとってみても反応が全く違い、面白い。人間はいつまでたっても子供の頃から変わることのできない本能に縛られているのである。実は、このような本能に逆に縛られていない人間に対して、変な憧れを私は持っている。だから私は変人が好きだし、意図的に本能的な感情と逆の行動に挑戦してみたりする。なぜなら、本能に囚われずに生きていける人は、この世のNPCにならずに自我を持って生きていけるような気がするからである。